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蹴球狂の詩

頭が無回転な蹴球評論家たち


 ワールドカップでの日本代表についてここでは完全にスルーしていた。 開幕直前までの不甲斐ない戦いの連続には正直何も感じなかったし、事実そう書いた。 そこまで書いた手前引っ込みがつかなくなったこともあり、予想外の日本代表の快進撃については別館の方で試合ごとに書いた。
 その強さは、カメルーン戦ではまだ懐疑的だったが、オランダ戦で確信に変わり、デンマーク戦で結実した。 選手たちが試合を重ねるごとにそのやり方に慣れ、自信を深めたからだろうと思う。 ただ個人的には快勝したデンマーク戦よりもオランダ戦の前半の出来が最も良かったように思う。
 パラグアイ戦はやや硬直した試合になったが、両チームとも「勝ちたい」という思いよりも「負けたくない」という意識が勝るノックアウトステージならでは。 おそらく日本とパラグアイのサポーターを除けば退屈極まりない試合だったかも知れない。
 ただ日本は記録上引き分けで南アフリカを去ったのであり、敗れたわけではない。 したがって別館では「敗戦」という言葉を使わずに「終戦」としたのだが、その後で宇都宮徹壱氏のコラムを見に行ったら同じことを書いていた。 やはり出身地と生まれた年が同じだと考えも似てくるのだろうか(笑)。
 そうかと思えば日本代表がシビれるような試合を見せてくれても難癖つけるような批判しかできないキムコ(金子達仁)とお杉(杉山茂樹)。 日本のサッカーを腐すだけでなく、南北トンスリアのサッカーをやれ攻撃的だのしたたかだのと揃って激賞してみせる。 まるで築地あたりの左翼メディアのような論調。
 すると宇都宮氏、『およそ理解に苦しむ理由を並べ立てて「日本は敗れるべきだ」などという論調は、この際、まともに取り合う必要などない』と、名指しこそしなかったもののこれらおバカな同業者をチクリとやった。
 もちろん宇都宮氏も日本代表について無批判に書いているわけではない。 評価すべきは評価し、批判すべきは批判する。 批評のベースにあるのは自国の代表への思い。 そんなジャーナリストとしての至極当然の視点も持たず、無駄に欧州サッカーにかぶれたジャーナリスト風情が上から目線で日本代表について書くのには辟易する。
 今回のワールドカップは、そうしたおかしなサッカー言論人たちのブレないバカさ加減を改めて白日の下に晒したという点でも非常に意義深い大会であった。 まだ終わってないけど。

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