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Odyssey

タイ・ビルマ出張記2010 その11 What’s happiness?


 これまで読んで下さった方はおわかりのように、ミャンマーのこうした村は裕福とは言えないかも知れない。 また、我々の製品を作ってくれている工房においてもしばしば子供たちが働いている姿を見かける。
 こうした状況を「FREE BURMA」な人たちが見ればこのように見えるかも知れない。 すなわちミャンマーの人々は軍政下で搾取され、粗末な家に住み、最低レベルの生活を強いられている。 また子供たちは経済的な理由から学校にも行けず、小さな頃から働かされている、と。
 もちろんそうした状況も一部にはあるのだろう。 ただ、今回僕が見てきた村はまったく違った。 村ではいまだに伝統的な生活が営まれており、それは昔ながらの相互扶助によって支えられている社会である。 村の人たちは、例えばもっと稼いで大きな家を建てようとか、クルマを買おうとか、新しい服を買おうとか、現代的な生活を送る人なら誰もが持つ物質的な欲求をまったくといっていいほど持っていない。
 たとえば我々が注文した製品を作って彼らが得る収入は、メーカーから村のリーダーに渡され、リーダーが一旦プールした現金は、村の人たちがそれを必要とした時に初めて渡される。 村の人たちはそのほとんどを自分の村や近郊の寺に寄進する。 寄進されたお金は寺を通して周囲の複数の村に行き渡り、時には宴が開かれみんなが幸せに過ごす。 同様に他の村から寄進されたお金で自分たちも幸せに暮らす。
 日本にもかつてはこうした社会があったはずである。 しかし、近代化と都市化、核家族化がこうした社会を今の姿に変容させてきた。 少なくともミャンマーの村で百歳以上のお年寄りが行方不明になることはないだろう。
 子供たちが働くこともごく普通のことであり、それは自分の親兄弟がやっている仕事を見て、自然に手習いとして始めるものであり、多くの場合トレーニングの域を出るものではないが、やがてはそれで家族の生活を助けていくのである。 これも今ではすっかり失われたかつての日本の風景である。 以前にも書いたが、僕は子供がいないので、キッザニアでカネを払ってまで仕事の真似事をさせる親の気持ちはよくわからないが、職住が分離した今の日本社会では、たとえ人工的な施設ではあってもこうした子供の手習いの場所を設けることは必要なのかも知れない。 今の日本社会は子供と仕事の距離が遠すぎるからだ。
 ミャンマーにおいては小学校の授業料は無償、将来的には高校まで義務教育化する計画だが、中学、高校と上がるにつれ、若干の授業料がかかること、各家庭の事情などから就学率は大きく下がる傾向にある。 元々高い学力を必要としない村での暮らしの中で徐々に就学の必要性が薄れていくからなのだろう。 ただ、それでも教育に関してはまだまだ環境が整備されるべきだろうし、同様に医療についても先進国の支援が必要なのは明らかであり、これらは政治的な文脈とは無関係に行われるべきだと思う。
 いずれにしろ、こうした伝統的な生活を営む素晴らしい人々を先進国や西欧の論理だけで解放せよというのは極めて傲慢である。 世界には未だ多くの変化を望まぬ場所があり、変化が必要ではない地域がある。 そこに自分たちの物差しで「格差」という視点を持ち込むことは滑稽以外の何物でもない。 むしろそうした思考様式や固定観念から解放されるべきは我々の側なのかも知れない。
 ヤンゴンへと帰るクルマの車窓から、少しづつ都市のそれへと変化していく沿道の風景を見ながらそんなことを思った。

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