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Food & Drink

元祖長浜屋再訪

長浜ラーメン
 久しぶりに福岡に行ってきた。 得意先への営業と挨拶、そして古くからの友人と旧交を温めるのが目的だ。
 大名は学生時代にはほとんど縁がなかったエリア。 得意先の皆さんとの食事を終えると既に時計の針は深夜0時を回っていたが、これまた久しぶりに長浜ラーメンを食べに行った。 こればっかりは此処に居る時でないと食べられない。 この時間でも相変わらずの賑わいをみせる親不孝通りを抜けて那の津通りへ。 やがて見慣れた「元祖」の店構えが視界に入るはずだったが、その場所は更地になっていた。
 実はこの「元祖長浜屋」の移転に伴い、この一角に「元祖」を名乗る店が乱立し、その屋号の使用をめぐって訴訟沙汰になっている。 以前「元祖」を名乗る店は更地になったところにあった店とその裏筋にあった店の二店だけで、この二つは暖簾分けのような関係だと理解していた。 ところが更地にあった「元祖長浜屋」は裏筋のビルに移転した一店舗のみになり、それに代わって「元祖長浜家」という店がふたつできた。 いずれも元は「元祖長浜屋」の従業員が開いた店だそうである。 更に今度は「元祖長浜ラーメン」という店も参入。 まるで何でもかんでもやたら起源を主張するどこかの国みたいな展開である。


 更地になったグラウンド・ゼロを前に呆然と佇む僕。 ちょうど向かいのファミマの前にたむろしていた若いのに「俺はいったいどの店へ行くべきなのか」訊いてみたら、更地にあった店が移転した「元祖長浜屋」がいいが、この時間では既に閉まっているので、亜流ではあるが那の津通りの向こう側にある方の「元祖長浜家」がいいのではないかということだった。

「元祖長浜屋」の新店舗はこのようなビルの1階部分にある。 この日は既に深夜ということで閉まっていた。 以前は24時間営業だったというのに・・・。
 若いのが言うとおり元祖が移転した先の店は既に閉まっており、不本意ながら最初にできた「元祖長浜家(写真上)」、つまり後発の「元祖長浜家」を訴えている店の方に行った。
 客の入店時に店員が何も言わない元祖長浜屋に対して、この元祖長浜家は「麺の硬さは?」と訊いてきた。 「なま」と答えて席に着く。 ほどなく目の前に置かれたラーメン。 どんぶりも「屋」と「家」の文字が違うぐらいであとは全部「元祖」と同じ。 クリーム色のプラスチックの茶碗、テーブルトップの赤いメラミン化粧板、値段そして店内の雰囲気と、何から何まで元祖とそっくりである。 すると後から入ってきた客がそれぞれ「べたかた」とか「べたなま」とか言いながら席に着く。 「べた」とはいったい?
 この謎はすぐに解けるのだが、その話はまた後日。 肝心のラーメンだが、いつも食べている東京向けにローカライズされた博多ラーメンのギトギトした味にレイプされておかしくなっている僕の舌と味覚中枢に、絶えず「原点とは何か?」という大命題を突きつけてくる味。 わかりやすく言うと、あっさりした豚骨スープに細麺、柔らかすぎて程良く崩れたチャーシューとネギという、いわゆる元祖長浜屋のスタイルをそのまま受け継いだ味。 元祖長浜屋とは多少味の違いはあるにせよ、正統派の長浜ラーメンを出していることに変わりはない。

こちらが訴えられた後発の「元祖長浜家」。 客の入りはイマイチだった。
最後にできた「元祖長浜ラーメン」。 こちらは元祖長浜屋の元従業員ではなく、地鶏料理屋がオーナーでラーメンの他に唐揚げなども出すらしいw

 かくして、僕が「一杯250円、替え玉50円」の時代から通い始めたかつての「元祖長浜屋」の風景はすっかり失われてしまったものの、そこにはその伝統が確かに息づいていた。 今回「元祖長浜屋」の新店舗に行けなかったのは非常に心残りであり、それは次回帰福した時のミッションということになってしまった。 また味覚破壊の日々の始まりである。

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