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Odyssey

欧州蹴球競馬旅 Prologue 25年ぶりのミラノ

 ヒースロー空港は単なる乗り換え客の手荷物検査も執拗である。 入国するわけではない。 乗り継ぎ便のために数時間トランジットラウンジにいるだけにも関わらず、手荷物はくまなくスキャンされ、金属探知機を通過する際は上着はおろかベルトも外さなければならない。
 数時間後、上空から見るミラノ・マルペンサ空港の夜景は寂しかった。 僕の見たなかではミャンマーのヤンゴン国際空港に次ぐ寂しさだ。 これがG7の一角を成す国の首都にある空港とはとても思えない。 25年前にミラノに来た時はスイスから鉄路での入境だったため、空港に降りるのはこれが初めて。 そう、今回は常々東南アジアで地を這うような旅をしている僕にとって、四半世紀ぶりの欧州の旅。 妻にとっても英国留学中にユーレイルパスでミラノやヴェネツィアを旅して以来のイタリアである。
 今回の旅のコンセプトは「Pitch and Turf」である。 僕はフットボールを、妻は競馬をそれぞれ楽しむ「芝生」だけが共通点の旅。 この10月で店を始めて10年が経ったこともあり、二人にとって慰安旅行的な色彩の強い旅である。 ささやかな福利厚生の一環というわけだ。
 ミラノでのメインイベントはサンシーロ(ジョゼッペ・メアッツァ)スタジアムでのインテル対ユヴェントスのイタリアダービー(Derby d’Italia)観戦だが、まず日本在住の日本人には到底入手不可能なこのプラチナチケットを定価で手にするという僥倖に恵まれた。 普通なら運良く取れても現地のチケット取得代行業者かダフ屋任せで一枚当たり4万円からが相場という超難関。 あえて入手の経緯は伏せておくが、すべては神様とインターネット、そして亀田の柿ピーの思し召しである。
 もうひとつはフットボールスタジアムに隣接するサンシーロ競馬場でのレース観戦である。 ただしイタリアの競馬は英国やフランスにおけるステイタスとは比較にならず、あくまで添え物的なイベントである。
 空港からマルペンサ・バス・エクスプレスでミラノ中央駅へ。 途中の高速道路も暗く寂しげな印象。 まるで深夜に成田空港から都内に向かう富里あたりの風景のようである。 降車場から歩いてすぐのミケランジェロ・ホテルにチェックイン。 長旅で疲れている身にこの立地は有難い。 着いたのが現地時刻で午後11時。 気がつくと自宅で起床してほぼ24時間が経過していた。 やはり欧州は遠い。
 試合当日。 時差ボケのせいか早く目が覚めたので周辺を散策。 ムッソリーニが建てたという中央駅は壮観の一語に尽きる。 そのまま近くの市民公園(Giardini Pubblici Indro Montanelli/ジャルディーニ・パブリチ・インドロ・モンタネッリ)を散策。 東京でいう日比谷公園のようなロケーションにある公園の入口には何故か体重計。 身長ごとに男女別の標準体重?が表記してある。 公園内にはちょっとした遊園地や動物園もあってミラノ市民の憩いの場という感じ。 ポニーや馬車にも乗れるアトラクションもあって週末のこの日は朝から家族連れで賑わっていた。
 

 そのままスピガ通りとモンテナポレオーネ通りのブランドショップ街へ。 モンテナポレオーネの裏通りには東京で一度会ったことがあるイタリア人夫妻が経営するインテリアの店「NELLA LONGARI」がある。 彼らも僕ら同様ミャンマーのラタン(籐)製品を販売している。 今回はこちらもタイトなスケジュールの旅ということもあって事前に連絡を入れておらず、いきなり訪れた店は閉まっており会うことができなかったのでウインドウの外から店の様子を覗いた。
 イタリア語でラタンのことを「Malacca」という。 マラッカはマレーシアの都市の名前だが、外国人が漆器を「Japan」というのと同様の意味で使われている。 マラッカは僕が東南アジアで一番好きな街だが籐の産地というわけではない。 かつての海峡植民地時代にマラッカが中継貿易の一大拠点だったことから多くの東南アジア産のラタン製品がこの地を経由してヨーロッパに渡った。 そんな歴史がこうした言葉に今も残っているのだろうと思う。
 一旦ホテルに戻り、待ち合わせしたミラノ在住のAさんと食事。 初対面なのに初めて会う気がしなかったのはインターネットのおかげ。 考えてみればこれはバンコクに続く二度目のオフ会である。 バンコクの社長さん同様、僕のブログ(別館の政治?ブログ)に興味を持って下さる方は僕より年上の男性ばかりのようで、この際年下の容姿端麗の女性とのサシでのオフ会こそ望むところであるということを書き記しておきたい。
 食事の後、Aさんの案内でコルソ・ブエノス・アイレス界隈を散策。 ここもミラノを代表するショッピング街のひとつ。 メルカート(青空市場)では地元の野菜が所狭しと並ぶ。 最近は日本の野菜を目にする機会も増えたという。
 今度はトラムに乗ってコルソ・コモへ。 途中、「メゾン・モスキーノ」の前を通る。 ここはムッソリーニが建てた今の中央駅ができる以前に中央駅の駅舎だった建物をモスキーノがホテルに転用したもの。 さすがに貫禄十分の佇まいである。
 続いて訪れたのが生活雑貨の有名店「HIGH-TECH」。 ここもかつての印刷工場の建物をリノベーションしたものとあって、売られているものよりもその迷宮のような空間が面白かった。 たぶんこんな店は世界でひとつ、ここだけだろう。 週末でお仕事は休み?とはいえ家族サービスそっちのけで半日を僕らのために費やしてくれたAさんとはここで別れ、交流はまたオンラインの世界へと戻る。 続いてセレクトショップ「10 corso como」へ。 併設するカフェがなかなかいい感じ。 一旦ホテルに戻って防寒対策を施してから「戦場」サンシーロへと向かう。 ミラノの緯度は稚内と同じなのだという。

 
つづく

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