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Critique

よくないね!

 妻の友人がしばらくブログを更新していなかった。 なんでもFacebookにハマってしまい、その手軽さも手伝ってブログの更新が疎かになっていたのだという。 ところがFacebookで再会した長年会ってない海外に住む知り合いが事あるごとにコンタクトをとってくるらしく、それがウザくなって最近ではFacebook自体がダルくなってきたらしい。 世に言う「ソーシャル疲れ」である。
 誰しもが思い当たるFacebookの最大の欠点、そして同時に最大の長所でもあるのが、「いいね!」ボタンだけしかないことである。 まあ何事においてもポジティヴ志向?のアメリカ人が考えたソーシャルメディアらしいと言えばそれまでだが、そうしたツールである以上、利用者はいきおい「いいね!」欲しさのネタ投下に陥りがちである。 もちろん、ネットの暗黒面に堕ちることを極力排除することを企図した構造なのであろうが、僕のようなネクラな人間はそのカリフォルニアの青いバカ的な明るさに違和感ありまくりなのである。 同じアメリカ発ながら高評価と低評価が選択できるYouTubeとは対照的だ。
 そんなわけで、僕個人はFacebookを始めてからずっとポジティヴなネタもネガティヴなネタも無分別に投下している。 Facebook用にネタを選別するため考えたりする時間も惜しい。 あくまで直感的、自然体でやれなきゃ妻の友人のように無用な疲労が溜まるだけである。 ブルーカラーの自分としてはオフラインの「肉労疲れ」だけで十分間に合ってる。
 これまでのところFacebookをやって唯一良かったと思えるのは、小学校時代のクラスメイトから連絡があったこと。 小学校の時はよく一緒に遊んでいて同じ中学に進んだのにその直後に彼が東京に転校していたみたいで、僕の中学校時代の記憶からすっかり欠落していた友人だった。 また、同じく小学校の時に自宅で開催された僕の誕生会に来てくれた数少ない友人がアーティストとして成功していることも知った。 あたりまえだが時代は自分の知覚できないところで確実に動いていたのだった。
 顔が見えるということは便利でもあるし厄介でもある。 同様に「いいね!」と思うこともあれば「よくないね!」と思うこともまた自然なことだと思うのだが、少なくともFacebookはそうした清濁併せ呑むツールではないらしい。 さらに言えばそもそも僕という人間がソーシャル向きではないのかも知れない。 きっとそうだ。 ここまで書いてようやくわかった。

 

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ディスカッション

よくないね!」への4件のフィードバック

  1. 「いいね! よくない」で同胞を検索したところ辿り着きました。
    自分もソーシャル向きではないことは感じていましたが、拝読してなんだかスッキリした気分です。

    出来れば、「いいね!」なんて欲しくない!自分の面白いと思ったことを気まぐれにネットに載せるだけ、というスタンスは崩したくないのですが。
    そこで問題になるのがスマートフォンの普及。スマートフォン(or携帯?)でFacebookを始めると、デフォルトで何でもかんでもお知らせが来る設定になっていますよね。自分は速攻で全てoffにしましたが、みなさんそうするとは限らない訳で。少なくとも自分の周りには、リアルタイムでお知らせメールを受け取っている方が大勢いるように感じます。
    そうなると、自分勝手なくだらない投稿をするのを躊躇せざるを得ない。友達の誰かが葬式の最中かと想像したら、うっかりシモネタも書けません。
    Facebookに感じる不気味な明るさには、そういう強制力も働いてるのかな、と、思ったりします。

    長文コメント失礼しました。

    投稿者: 大谷 直史 | 2012年2月11日, 12:41 am
    • はじめまして。 コメントありがとうございます。
      FBはソーシャル、実名制ゆえに実社会同様、相手の気分を悪くするような話題は極力避ける、罪や悪意のない社会の上澄みだけを中心とした無害な話題に特化するといったようなものなのかも知れません。 その点FacebookというよりむしろFakebookなのかなと。
      「不気味な明るさ」というのは正鵠を得た表現だなと膝を打ちました。

      投稿者: noisyminority | 2012年2月11日, 10:30 am
      • 前回のコメント後、ブログ内の他の記事・批評を拝読しました。
        酔っぱらった勢いでコメントしてはいけない場所だと思い知りました。

        その後、駄文コメントを承認していただいたばかりか、その上にコメントまでいただき、恐縮の極みです。

        そして、懲りずにFacebookについて、また思ったことをちょっと。

        今のところ、付和雷同の上澄みばかりが感じられるFakebook。
        そこから脱却するには、実名制の上で、表現者としての覚悟を持たなければいけない。そういう人じゃないと自由に表現ができない。
        そう考えると、Facebookは今は過渡期にあるだけなのかもしれません。

        懲りずにまた駄文を書いてしまいました。
        まず、わたしがネットの作法ってものを学ばないといけませんね。

        これからも応援します!
        一ファンより。

        投稿者: 大谷 直史 | 2012年2月16日, 3:45 pm
        • かさねてコメントありがとうございます。
          いえいえそんなたいそうなものでは決してございません(汗)。
          直近の投稿を見ていただいてもおわかりのようにくだらない投稿を暇つぶしで垂れ流しているのみでございます。

          Facebookについては前のコメントで書き残したことがあったので少々加筆させていただくと、
          いわゆる「アラブの春」に寄与したことでもわかるように、一方でFacebookは言論の自由度が少ない国においては非常に真剣かつ辛辣かつ深淵な議論の場になっているという、日本のような国の場合とは相反する事実があります。 つまり日本におけるFacebookの現状はツールの問題というよりはむしろユーザー、或いはその社会状況に要因があるのだろうと思います。
          日本におけるFacebookがどういう場になっていくのか、別に興味があるわけではありませんが生暖かく見守っていきたいと思います。

          投稿者: noisyminority | 2012年2月17日, 1:11 am

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