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Odyssey

岩手の旅 2012春 大船渡

 仕事が薄くなる月末を利用して七ヶ月ぶりに岩手に行ってきた。 出発の日を一日勘違いしていて慌ただしく旅支度を済ませて池袋西口へ。 また遠野・釜石号のお世話になった。 岩手が故郷の人たちにとってこの遠野・釜石号の車内は既に故郷の一部なのだろうと思う。 僕も三度目の乗車ながら早くも愛着のようなものを感じ始めている。
 車窓のカーテンが閉められているため、そして何よりも夜間のために路面の状況はわからないが、走行中に断続的に続く激しい揺れは、震災から一年後の今も東北自動車道の復旧が完全には終わっていないことを感じさせる。 というよりも、それは昨夏とほとんど何も変わっていなかった。
 その揺れのせいでまたしてもロクに寝られないまま遠野まごころネットの新しい拠点となった遠野市浄化センターへ。 JR遠野駅から徒歩で約10分ほどの道のり。 途中、流暢な日本語を操るアメリカ人男性と一緒になる。 「ドチラカラデスカ?」 「東京からです」 「昨日ハ大槌デ活動シタケド昼間ハ暑イクライダッタヨ!」 たしかに早朝とはいえ「しばれる」ような寒さはない。 前回同様、寝不足のまま初日の活動に入るのはジジイには非常に辛いところだが、そのまま受付で登録を済ませ、宿泊所内で荷を解き作業着に着替え終わる頃には外でラジオ体操が始まった。 この日はのべ172人が活動。 まだ春休み中ということもあり学生さんが多い。 外国人の姿も目立つ。 米バプテスト教会から参加の方々だという。
 朝の全体ミーティング。 現在の遠野まごころネットの主な活動現場は釜石市と大槌町である。 だがこの日は大船渡での建築工事の補助作業の求人があり、「重労働です。 どなたか男性の方お願いします!」の掛け声によせばいいのに右手が反応してしまい大船渡へ行くことになった。 この日の5人のチームは石川県から参加の1人を除きみな東京からの参加だった。
 JATA旅博においてマレーシアのブースとして使用された建物が、マレーシア政府観光局から大船渡でおかずを被災者に届けている民間グループ「さんさんの会」に寄贈され、内装など多少の改造を施されたのちこの地で生活困窮者の方たちへの配食の拠点となるのである。 この日は完成検査を前にした清掃と下水管の埋設のための土木作業が中心。 お昼は炊き出しをご馳走になった。 これまでは何かが壊される姿しか見ることができなかった被災地において、少なくとも何かを建設している現場に立ち会えたのは正直ちょっと嬉しかった。 たとえ無為無策無能な政府がどんなに復興の足かせとなろうとも、一年という月日は人々を立ち上がらせずにはおかない。
 活動を終え遠野に戻る。 男性の宿泊スペースは48畳のいわゆるタコ部屋で、一人あたりの占有スペースは1畳。 前回はだだっ広い体育館だったこともあり、頭上と足先にそれぞれ通路用のスペースも確保できていたが今回はそれすらなく文字通りのすし詰め状態である。
 壁に貼り出されている「寝床表」。 たまたま空いていたスペースが古参のボランティアの縄張りに近い場所だったのだが、午後10時に消灯になった直後に空いていた理由がわかった。 三方から怪獣のようないびきの輪唱攻撃。 それは本来なら前夜の寝不足と昼間の重労働で爆睡モードだった僕を覚醒させ続けたのだった。 古参のボランティアは場慣れしている分緊張感もないのでいびきもデカくなるのだろうと推測する。 これではまた明日の活動が思いやられる。 猛烈ないびきはもはや犯罪である。
 

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