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Odyssey

岩手の旅 2012春 大槌町赤浜地区

 4月1日。 この日が今回の活動の最終日となる。 昨日3月31日が年度末で、活動する人は全員が加入を義務づけられているボランティア保険の期限が満了してしまったことも手伝ってボランティアの数が一気に半減した。 冒頭の画像は3月31日に撮影したものだが、この日のラジオ体操はこの半分以下である。
 この日の作業も宅地跡の瓦礫撤去と清掃。 不要不急の仕事ではあるが、被災住民の方がもはや基礎しか残っていない自分の家の、そのなけなしの基礎をも重機で破砕処理させ、跡形もなく整地される前に気持ちの整理をつける意味で必要なプロセスとして家主から各ボランティア組織にニーズが上がってきているもの。 宅地内に数十センチにも積み重なった泥の中からは未だに食器の類や金銭、おもちゃなどが掘り出され、そうしたものは瓦礫とは別に集積していく。
 午後0時。 昨年の8月1日に僕がこの町で初めて活動したその日にちょうど復旧して放送が再開された正午を知らせる防災無線。 流れてきたのはジャズピアニストの小曽根真による「ひょっこりひょうたん島のテーマ」。 だが昨夏に聴いたものとは違うバージョン! なんでも毎週日曜日だけは歌入りバージョンが流れるのだそうで、子供たちの楽しそうな合唱が静寂の町に響き渡った。 一日も早くこの賑やかなテーマの流れる町に子供たちの笑顔と喧騒が戻って欲しいと願わずにはいられない。
 昼飯は大槌に出来たばかりの「復興食堂」にみんなで行く予定で、大槌班は連日ここでお昼を食べていたのだったが、この日は観光バスも乗りつけるほどの盛況で食堂が貸切状態になってしまい、急遽別のお店から広島風お好み焼きを取り寄せて食べた。
 この赤浜地区の前線基地になっているのが民宿「あかぶ」跡。 上の画像の左上に見える白い2階建ての建物である。 あの津波の時たまたま大槌町のドックに入っていた釜石の観光船「はまゆり」が押し流されてあかぶの屋上に乗っていた姿を憶えている方もおられるだろう(当時の様子)。 現在はまゆりはクレーンで地上に降ろされたのち解体されてその姿はない。 しかし町はこのあかぶの屋上に津波の記憶としてはまゆりのレプリカを復元する方向で計画を進めているという。
 津波の時に住民が避難した高台の神社からの赤浜地区の全景。 画面中央のバスの後方の建物が民宿あかぶ。 さらにその後方、湾内にぽっかりと浮かんでいるのがひょっこりひょうたん島のモデルとなった蓬莱島。 本来は防波堤で港と繋がっており歩いて渡ることができたが、あの津波で防波堤は破壊されて海中に没してしまい、蓬莱島は奇しくも本来の離れ小島に戻ってしまった。
 遠野に帰る途中、被災した大槌北小学校のグラウンドに昨年末にオープンした仮設商店街「福幸きらり商店街」に立ち寄り、メンバー全員で買い食い&お買い物。 ここには遠野まごころネットの休憩室もあった。

 これから復興が進むにつれてボランティアの役割も変わっていくことだろう。 実際にこうしたハード活動以外にも仮設住宅を回っての足湯のサービスやカフェの設置、沿岸部でワカメの生産再開の補助、農業支援などの活動が並行して行われている。 震災から一年が経過し、被災地でのボランティア活動も新たなフェーズを迎えたのかも知れない。 こうした作業のみならず観光をすることによってこの地に少しでもお金を落とすことも復興のお手伝いである。 震災後この地を訪れた多くのボランティアたちがそのまま岩手の、東北のファンとなりリピーターとなって息の長い支援を続けていくことが求められている。
 

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