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Movie

こわれゆく女


 カサヴェテスの映画を観るのはこれが二本目。 「グロリア」以来。 とはいえグロリアを観たのは確かテレ東の午後ローあたりだったと思うのでスクリーンで観るのはこれが初めて。 原題は「A Woman Under The Influence」。 夫婦関係が半ば崩壊し、精神を病んだ女メイベルが主人公。 そんな難しい役をジーナ・ローランズが演じている。
 昔からシャーロット・ランプリングのようなクールな印象の女性が好きである。 グロリアでの彼女しか知らない僕は本作品を観るまではジーナ・ローランズも同じ系譜の上にいる女優だと思っていたのだが、それは単なる思い込みに過ぎなかった。 痛々しく、憎らしく、儚く、可愛らしく、狂おしく愛おしい。 男女の間に横たわる愛憎という二文字に関わるおよそすべての感情を見事に演じ切っている。
 相手役のピーター・フォークもいい。 コロンボ役ではおよそ見ることのできない彼の感情剥き出しの芝居。 精神を病んだ妻を持て余して苦悩し、やがて自らも病んで(Influence)いく夫を好演している。 彼が演じる土木作業員ニックはコロンボ同様イタリア系という設定なのか食卓にはスパゲッティが並び、やたらとファミリー至上主義的な側面も伺える。 ただやはりコロンボ役での小池朝雄の吹き替えによる「ウチのカミさんがねぇ」の先入観が消えない(笑)。 もっともコロンボの「カミさん」はもっと所帯じみたイメージだろうからジーナ・ローランズとは似ても似つかないだろうけれど。
 殺伐とした夫婦関係だがラストは少し微笑ましかった。 始まりといい終わりといい結局そこに帰結するのか(笑)って感じ。 つまるところ男女の関係とは深遠にして浅薄、明瞭にして不可解なものである。 それがまさしく愛憎というものなのだろう。
 ベースとなる脚本は元々戯曲として書かれたもの。 それゆえ場面転換も少なく、ストーリーの主要部分はすべてメイベルとニックの家の中で進行する。 本作が舞台ではなく映画になったのは主演のジーナ・ローランズが精神を病んだ女の役を舞台で毎日演じることで自らも本当に病んでしまうことを怖れたからだという(インタビュー記事参照)。
 いくばくかのお代を払い、一風変わった、それでいて何処にでもいそうな一組の夫婦の家庭とそこでの日常を誰にも文句を言われることなく多面的に覗き見できる特等席を得て、2時間余りの間そこで展開される様々な出来事を観察させてもらった。 カサヴェテスはその観察者たちに決して冗長になることなく必要十分にして大胆かつ細心な視点を用意してくれた。 決して重くなく、かといって軽すぎず。 悪くない鑑賞後感だった。
 シアター・イメージフォーラムにて上映中。

 
ジョン・カサヴェテス レトロスペクティヴ

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