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Odyssey

南紀の旅 其ノ弐 熊野三山詣

紀伊勝浦駅前 とにかく那智黒の看板が目立つ

紀伊勝浦駅前 とにかく那智黒の看板が目立つ

 日本人なら一度は行くべき場所が日本にはたくさんあると思うのだが、熊野三山は間違いなくそのうちのひとつである。 午前9時に紀伊勝浦駅のレンタカーの営業所が開くのを待ってナビ付きのヴィッツを借り、熊野本宮大社へ向かった。 ナビは古く、熊野三山を効率的に回るのに欠かせない那智勝浦新宮道路が表示されない。 なにも昨日今日開通した道ではない。 そろそろ新しい機種に載せ替えるか地図データをアップデートして欲しいものである。
 やがて熊野川沿いの国道168号線へ。 初めて見る熊野川の美しさに感動しっ放しでなかなかハンドルに集中できない。 それと同時に山容をも変えるほどの深層崩壊や数え切れないほどの地滑りの跡に息を呑む。 国道も各所で道の半分を塞いで復旧工事が行われており、あらためて昨年8月にこの地を襲った台風12号による紀伊半島豪雨の被害の凄まじさを知る。 忘れもしない東日本大震災に見舞われた平成23年、そのあまりの亡国ぶりが荒ぶる神の怒りを買った菅直人内閣が日本にもたらした二大災厄のひとつである。 熊野も今もって被災地のままだった。
 熊野本宮大社も紀伊半島豪雨の被害を免れることはできず、参道は冠水し宿坊である瑞鳳殿が取り壊され、現在は仮設のプレハブ小屋となり茶店が営まれていた。 あれだけ川幅の広い熊野川をもってしても氾濫を食い止めることができなかった豪雨。 まさに想像を絶するものだったのだろう。
熊野大権現の幟が立ち並ぶ本宮の石段

熊野大権現の幟が立ち並ぶ本宮の石段

残念ながら神門は修復工事の囲いの中だった

残念ながら神門は修復工事の囲いの中だった

 階段を登り本宮に参詣。 この地において神の使いとされる八咫烏の旗が修復工事中の神門の前で出迎えてくれた。 社殿は元々この本宮があった大斎原(おおゆのはら)から移築されたもの。 しんとした熊野の森の神々のおわす場所。 古色蒼然、そして荘厳な社殿の佇まいにしばし時の経つのを忘れるも今日は一日で三山を巡るハードな日程。 我に返って大斎原へ向かった。
大斎原の大鳥居 大斎原はかつて本宮大社があった熊野川の中洲。 明治以降の急激な森林伐採が原因となり明治22年(1889年)の水害で社殿が流出、現在社殿が置かれている高台に遷座するに至った。 現在は日本一の高さを誇る大鳥居と社殿跡を示す祠が残されている。 当時は現在の本宮の8倍の規模だったそうである。 本宮に33回も行幸した後白河院の時代まではともかくとしても、せめて100年ほど早く生まれてみたかったと少し思った。
熊野速玉大社の神門

熊野速玉大社の神門

 熊野本宮大社を後に新宮に向かう。 次は熊野速玉大社に参詣。 本宮とは対照的に色鮮やかな丹塗りの社殿が印象的。 駆け足での熊野三山巡礼。 早くも時間が押してきた。 本宮同様ここでも熊野牛王神符をいただき足早にクルマに乗り込むと最後の熊野那智大社へ。 直接那智山へクルマで乗りつけることもできるが、それより少し手前の大門坂駐車場にクルマを置き、そこから熊野古道の大門坂を経由して参詣し、そのまま那智の滝を見て路線バスに乗り大門坂駐車場まで帰ってくるコースを行くことにした。
熊野古道中辺路 大門坂入口

熊野古道中辺路 大門坂入口

南方熊楠が三年間暮らした大阪屋旅館

南方熊楠が三年間暮らした大阪屋旅館

美しい大門坂の古道

美しい大門坂の古道

 大門坂もまた馬越峠同様、古道の雰囲気を色濃く残す素晴らしい道だった。 歩き初めてすぐ、左手にかつて南方熊楠が三年間滞在していた大阪屋旅館があった。 熊楠はここに投宿して周辺の那智の森に分け入っては粘菌類の収集に明け暮れたという。 かつて存在しその名前の由来ともなっている通行料徴収用の大門の代わりにこの坂の入口ゲートのような存在感を放っている樹齢約600年の夫婦杉の間を通り、267段の石畳の階段を歩く。 あまりの美しさにこの旅で初めてハンディカムを手にとった。 やがて杉木立の間から遠く那智の滝がその姿をのぞかせた。

熊野那智大社

熊野那智大社

那智山青岸渡寺

那智山青岸渡寺

 大門坂を登り切っても更に階段は上へ上へと続く。 社殿に辿り着くにはそこから更にいくつもの階段を登らねばならなかった。 息を切らせつつようやく境内。 やはり速玉大社と同じ丹塗りの社殿が並ぶ。 こちらでも牛王神符をいただき、これにて熊野三山詣が無事終わった。 次はお隣の那智山青岸渡寺へ。 西国三十三箇所巡礼の一番札所としても知られる。 いつの日か御朱印帳を片手にここを再び訪れることがあるだろうか。
五重塔と那智の滝

五重塔と那智の滝

那智の滝

那智の滝

 その足で五重塔と那智の滝へ。 突然絵葉書の中の空間に放り込まれたような現実感を欠いた雰囲気に支配されるなか、次第に那智の滝が大きくなりその水音が大きくなっていく。 坂を下り飛瀧神社へ。 鳥居をくぐり石段を降り切ったところが那智の滝に最も近いところ。 今年7月、那智山の御神体でもあるこの那智の滝の岩登りを敢行したクライマーのニュースは記憶に新しい。 クライマーたちは警察から釈放後丸刈りにして大社を訪れ謝罪したそうだが、有史以来日本人がその独特のアニミズムや山岳信仰のなかで畏怖の対象としてきたものへの感覚の欠如が起きているとすれば嘆かわしいことである。 それは頭で考える類いのものではなく感じなければならないものだけに、とりわけ深刻な問題といえる。
 駆け足で回った熊野三山と那智の滝だが、この時点でまだ午後2時30分。 本当であればもっとゆっくり回っても良かったのだが、昨夜急遽三山詣の後にもうひとつ観光名所を訪ねる予定を組み込んだがゆえのせわしなさであった。 大門坂まで路線バスで下り、停めておいたヴィッツに乗り換えて勝浦港へと急いだ。 出港の時間が迫っていた。
 

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