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Movie

キューティー&ボクサー


 まだ僕が美術を学ぶ学生だった頃、毎日やっていた夜間のビル清掃のアルバイトを終えたその足でとある中学校の用務員室によく通った。 同じゼミの友人がその中学校で夜間警備のアルバイトをしていたのでそこが僕たちの溜まり場のようになっていたのだった。 中学校の夜間警備の仕事はわりと退屈で、宿直の間に校内を2度巡回することが主な仕事。 それ以外の時間は用務員室にいることが仕事だった。 僕たちはよくそこで酒盛りをしたり美術談義に興じたりしながら朝まで過ごした。 もちろん友人の仕事の邪魔にならない程度に(笑)。
 四畳半の用務員室の隅っこには14型のテレビがあった。 ある夜いつものように酒宴が始まりみんなで何気なくテレビを観ていたら、ニューヨークで活躍している一風変わった芸術家のドキュメンタリー番組をやっていた。 男の名前は篠原有司男。 60年代に赤瀬川原平や荒川修作らとアートシーンを席巻し、その余勢をかって69年にニューヨークに渡った篠原有司男。 ゲージツ家で篠原といえばクマさんこと篠原勝之しか知らなかった当時の僕らは「ニューヨークの篠原」の破天荒な生き様に瞬時に魅了されたのだった。 気がつくとみんな酒を飲むのも忘れ、ブラウン管の中を所狭しと暴れる篠原有司男に目を奪われていた。 番組の終わり、篠原は思いっ切りカメラ目線でテレビの前の僕らに向けてこう言い放った。

 「ニューヨークに出て来いよ! 俺は待ってるぜ!」

 それから四半世紀以上の時が流れた。 あのドキュメンタリー番組を見終わった直後の僕らは「俺この人好きだ!」「篠原有司男って人に会ってみたい!」「いつか絶対ニューヨークに行こう!」と口々に言い合ったものだったがその思いは叶わず、それぞれアートとかニューヨークなどとは無縁、或いは限りなく遠い世界にいる。 本当に手の届かない場所に行ってしまった奴もいる。 だから2012年の終わりに篠原有司男のドキュメンタリー映画が公開されるという話に接した時には正直驚いた。 とても陳腐な言い方だけど、若かりし頃にはあった情熱の欠片に時を経てふたたび巡り会ったような、そんな気がした。

 この歳になって渋谷スペイン坂を夫婦で歩くのは何か落ち着かない。 シネマライズで映画を観るのはずいぶん久しぶりだったことに気づく。 ダンディな建築家・北川原温さんの設計だ。 少しくたびれはしたが今もって奇怪な姿を現代の若者の群れの中に晒しているその姿はどこか自分たちそのもののようでもある。
 本編が始まってから5分とかからぬうちにこの映画が素晴らしい作品であることを確信する。 映像はニューヨークでの篠原有司男とその妻乃り子の日常に肉薄する。 乃り子さんの手による「キューティーとブリー」は夫妻の半生の物語。 墨絵のようなタッチのイラストはデジタル処理により生命を吹き込まれて動き出す。 ブルックリンの篠原夫妻のロフトに反響するかのような清水靖晃のバッハの音色。 弱冠29歳のザッカリー・ハインザーリング監督は4年ものあいだ篠原夫妻に密着して撮影したのだという。 ここにもひとつの新しい才能を発見。 アカデミー賞長編ドキュメンタリー部門ノミネートも納得。

 できれば夫婦で、もしくは恋人同士で観て欲しい作品。 ★★★★★

 
日本人アーティスト篠原有司男夫妻のドキュメンタリー、米国で公開 – WSJ.com
シノハラ夫妻 Roarrrr! | COOL -Creators’ Infinite Links
映画『キューティー&ボクサー』公式サイト

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