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Run, 昭和

魔女の残り香

150216a 僕のジョギングのホームコースである駒沢オリンピック公園には1964年の東京五輪の際に会場として使われた数々の施設が当時のまま残っている。 「東洋の魔女」がソ連を破って金メダルを獲得した舞台となった駒沢屋内球技場もそのひとつだが、昨年の秋から解体工事が始まった。 解体直前には名前も聞いたことがないような韓流スター(笑)の運動会などが催され、それらに群がるファンが大挙して押し寄せジョギングコース内を闊歩していて走るのにとても邪魔だったことを良く覚えている。 今から思えばそんな末期的なイベントを開催しなければならないほどにこの歴史的施設は老朽化していたのだった。 何しろ空調設備すらなかったらしい。 今ではすっかり建物は跡形もなく更地となり、新たに建設される新球技場のための造成工事の真っ最中だ。 ちなみにその後方にそびえるのは深沢ハウスという巨大な集合住宅である。
 そんな現場の仮囲いの前を今日もランナーたちが走り過ぎる。 いつしか壁面に何かが取りつけられていたのに気づいた。 たぶん今年になってすぐぐらいだろうか。 もっとも僕は夜間に走るのがほとんどなので正確にはわからない。 オーバーワークが祟り、このところ坐骨神経痛らしき左脚の痛みに悩まされておりランオフ日が続いていたのだが、この日は久しぶりにりにリハビリを兼ねてくだんの物件の写真を撮ろうとデジカメ持参で駒沢公園でのLSDに臨んだ。 金属製のフレームに収められていたのはおそらく取り壊された球技場の床の一部なのだろう。 そこには当時東洋の魔女のメンバーだった選手二人の名前が記されていた。
150216c そもそも東洋の魔女の異名は全日本女子バレーボールチームにつけられたものではなかった。 それは「1961年の欧州遠征で22連勝した日紡貝塚女子バレーボールチーム(監督:大松博文)につけられたニックネーム(Wikipedia)」である。 大松監督といえば真っ先に思い浮かぶのは回転レシーブだ。 この偉大なる発明によってバレーボールという競技はコートの床、つまりフロアーと著しく親和性の高い競技となる。 魔女たちはコートの床を転がり、飛び込み、そして時には這いつくばり、究極的には床と同化することでボールを拾い、文字通り血と汗と涙をその盤面と分かち合ってきた。 故に球技場の床が東洋の魔女を象徴するヘリテイジとして遺されたのは極めて正当なことだと思う。 ただ現代バレーは高速化が進み、レシーブした後に回転して受け身をとるような時間的余裕を与えてはくれない。 回転している間に宙を舞うボールから一瞬でも目を切ることは致命的だ。 それはバレーボールという競技がまだ牧歌的だった古き良き時代のレガシーでしかない。
 残念ながら建設予定の新球技場は2020年の東京五輪では使われないらしい。 一方でやはり自宅の近所の馬事公苑は2020年でも馬術競技の会場として使われるそうだ。 当初江東区夢の島に競技場が新設される計画が近ごろ見直しとなったのである。 ロンドン五輪もそうだったが、同じ都市での複数回の開催となる以上、前回大会からの時間的連続性も計画の中で考慮されるべきだろうし、既存の施設が化粧直し程度で活用できるのであれば大会の財政面からも歓迎すべきことである。
 床面にはまだ余白がある。 前を走り過ぎるたびに新たな名前が書き連ねられているのではないかと無意識のうちに視線を送ってしまう。 魔女たちにも色々事情があるのだろう。 そこに新たな名前はない。 既に亡くなられている方もいる。 ふとママさんバレーに一生懸命だった頃のおふくろを思い出した。 たぶん魔女たちとはほぼ同世代だ。 小学校の体育館で遅くまで練習していたっけ。

 
国立だけじゃない…駒沢球技場取り壊し 東洋の魔女「涙が出るほど寂しい」 – 産経ニュース
【東京五輪】馬術メーン会場、「馬事公苑」活用の方向 会場計画見直しで – 産経ニュース

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