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Critique, Design

続・東京五輪のエンブレムについて

150902b まさかこのネタについてもう一度書くことになろうとは思いもしなかったが、なんと件の東京五輪エンブレムが白紙撤回されてしまった。とはいえ、この1ヶ月にデザイナーの佐野研二郎氏の過去の仕事や今回のエンブレムの原案などについてありとあらゆることが表面化していった経緯から考えると、その判断はむしろ遅きに失したといえる。新国立といいエンブレムといい日本のダメなとこが一気に露呈した感がある。それは端的に言うなら無責任体質とでも言うべきもの。クレージーキャッツが活躍した時代から変わることのない日本のお家芸。体質というのはなかなか変えられるものじゃないから厄介だ。今回の問題の本質はあくまでこの点に収斂するといっていい。
 そのうえで前回同様に佐野氏のエンブレムのデザインそのものについて言えば、なぜこのエンブレムが選ばれたのかということについてはその展開力にあったという。すなわち単体としてのエンブレムのみならず様々なメディアやグッズでの展開例が他の案より圧倒的に秀でていた(組織委員会)とのこと。これはエンブレムの収益性という点では非常に重要な側面だが、結果としてそのことがオリンピックのエンブレムの本質を見失わせた。また審査委員会や組織委員会が事前に類似のエンブレムを照会する場合に商標権だけを重視し、著作権についてはほとんど関知していなかった形跡もある。これはインターネット時代においては致命的だ。
 グラフィックデザイナーの一部はいまだに佐野氏を擁護している。彼らは今回のように参加資格を絞ったコンペではなく一般公募や国民の人気投票にしたらロクなものは選ばれないという立場を崩していない。彼らのプロフェッショナルとしての意識の高さには敬意を表するほかないが、もちろんまったく違う立場のデザイナーもいる。

 今回の騒動の最中あるデザイナーが自分で対案を作ったことが話題になった。このデザインへの評価はさておき、彼がそのエンブレムに込めたのは以下のような思いだったという。

 
 1時間で作ったエンブレムは、招致ロゴで好評だった桜をモチーフに、円や左右対称の安定感、色彩的な明るさを家紋のような伝統的な文様で表現した。これには、2つの皮肉が込められているという。1つは、「皆さんは、こういうのが好きなんでしょ」という、世論に向けたもの。もう1つは、どこか権威的に見え、逆三角形の不安定なフォルムで見る人に緊張感を与える、佐野氏のエンブレムに対してだったという。

ソース: 五輪エンブレム、梅野隆児氏が選考方法に問題提起 – 社会 : 日刊スポーツ

 彼の言う「2つの皮肉」のうちの最初の「皆さんは、こういうのが好きなんでしょ」。彼は皮肉と表現したが、これこそがまさに純粋芸術とは違う社会芸術であるデザインという行為の本質でもある。もちろんあまりに大衆に媚びて迎合しては平均点はクリアできても凡庸なものしかできないしそこに自分の色も出せない。だから有能なデザイナーは究極的に自分の提案したいデザインを仮に100とすれば80ぐらいに抑えたり、今の言葉でいう「抜け感」みたいなものをそこに織り込んだりするのではないかと思う。それは見た目には余白であったり遊びであったりある種の幼稚さであったりするのかも知れない。
150902a つまるところデザイナーの能力や技量というのは自分の提案を通して相手(クライアント)と対話する能力や、絶妙な落とし所やさじ加減を見出す瞬間にこそ発揮されるのではないだろうか。そうした視点で見ると、今回佐野氏にとって一義的なクライアントとなった審査委員会や組織委員会だが、彼がその向こうにいる無数の一般大衆という大クライアント、その大きな塊を明確に捉えきれていなかったのではないかという疑問が生じる。無論これは佐野氏個人の責任というより当初のやや単純な原案(そもそもこの単純なTの文字の原案が採用されたことに驚くが)を二度に渡ってまで修正させてまで佐野氏を起用し続けた審査委員会や組織委員会の責任だろう。彼らは佐野氏と大衆を接続する機能を有してはいないばかりかむしろそこに壁のように立ち塞がり、無責任体質のままグラフィックデザインや広告という狭い業界の論理だけでエンブレムを作り上げようとした。結果として佐野氏の最終案は過去の五輪エンブレムの中でも極めて異質で難解なデザインになってしまった。
 奇しくもエンブレムの白紙撤回の会見の席で武藤事務総長が「デザインの世界では模倣とは認識されないが、一般国民の理解は得られない」と述べたが、もしデザインの世界に「デザインとは一体誰のためのものなのか?」という根本的な視点が欠落しているのだとしたらそれは危機的な状況だと思う。
 最終的にエンブレムが使用中止になる引き金となったエンブレムの展開例で使用した空港の画像の無断転用についても、佐野氏は「展開例はクローズドな場での使用を想定したもので公開するつもりはなかった。公開するなら許可を取った。不注意だった」としたがこの展開例のプレゼンは7月24日のエンブレムの発表と同時に公開されており、佐野氏の説明は事実と異なる。本件や過去の仕事を見ても、佐野氏が他人の著作物への敬意を著しく欠いていたことは否定できない。

「夢だと思った」2020年東京五輪のエンブレムに佐野研二郎氏 104件から選定 | Art Annual online

 デザインという行為がこれだけ社会に影響を与える出来事が過去にあっただろうか?この世のすべての人工物は誰かの手によってデザインされ、形や色や機能を与えられて世にでる。二次元にしろ三次元にしろ無数の表現や形が存在する以上、そこにアナロジーが生まれることは必然であり、肯定的な面も大きい。過去の事物から学ばなくなったらそれは人間ではない。何らかの影響を受けて作品を作ることは人間として当然のことだ。だからこそ、それを消化して自分の作品として世に問う時にはデザイナーとして多くの配慮が求められるのは当然のこと。特に五輪のような国家的プロジェクトの場合は作者のみならず選ぶ側にも高い識見が必要であり、残念ながら今回はそのいずれもが欠如していたと言わざるをえない。

 
パクリデザインまとめ【佐野研二郎】随時更新 – NAVER まとめ

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