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Critique

藤井四段に群がるマスコミを見て考えた

 世の中ちょっとした将棋ブームである。言うまでもなく最年少でのデビュー以来無敗のまま連勝記録を伸ばしてきた藤井聡太四段の活躍の賜物だ。2日の竜王戦決勝トーナメント2回戦で佐々木五段に敗れ連勝は29で止まったが、将棋界に新たな金字塔を打ち立てた。
 彗星の如く現れた次世代のスターにマスコミも群がる。通常は主要各紙などの将棋担当の観戦記者にカメラマン程度なのだろうが、今や対局ごとに写真のような有様である。対局後の感想戦が始まった直後の様子だが、藤井四段と対局相手はメディアスクラムの圧迫の中で尋常ではない状況に置かれている。さすがに感想戦開始後に退出させられたようだが、滑稽としか言いようがない姿である。
 どこの業界も人手不足である。おそらくは日頃将棋とは無縁の取材や撮影に従事している多くの記者やカメラマンも駆り出されていたに違いない。連勝記録が止まったので今後は落ち着くものと思われるが、各社持ち回りの代表取材にしてこういう見苦しいのはやめていただきたいものである。これでは本当にマスゴミだ。インタビュー中、カメラマンはフィルムの残りを気にすることなく無数に連写し、藤井四段から発せられる貴重なはずの一語一句は連続するシャッターの合成音に掻き消される。テクノロジーの進歩が報道の起点となる空間を一種の無法地帯にしている。
 こうしてマスコミが必死に群がっても、将棋という遊戯の奥深さを一般のお茶の間で共有するのは難しい。これはマスを相手にする以上仕方のないところではある。いきおい話題は勝負そのものよりも藤井四段の勝負メシや人となり、周辺のエピソードに力点が置かれることになる。こちらの方が盤面解説よりも万人が消化し易いからだ。
 藤井四段個人の扱い方も「前人未到の連勝記録を打ち立てた驚異の新人棋士でありながら素顔にはまだあどけなさが残る14歳」というステレオタイプの画が欲しくてしょうがない。だから会見や囲み取材でカメラマンは彼に執拗に笑顔を要求する。素直な彼はその要求に丁寧に応じているように見える。だが、それはマスコミが自らのメディアで扱うのに「座りがいい」ためにつくり上げた彼のイメージ(それはまた大衆が求める彼のイメージでもある)に過ぎず、実像とは異なるものだと思う。僕はむしろ彼にある種の畏敬の念すら感じている。
 彼が勝利の後に笑顔を見せるのはカメラマンからそれを要求された時だけである。無論喜んでいないはずはないと思うが、対局後は勝敗という結果よりもその過程を大切にし、終局に至るまでの自らの思考と決断の足跡、棋譜を辿りながら「ディープラーニング」しているのではないかと推測する。だからこの貴重な時間の冒頭を前述したようなマスコミの喧騒で邪魔して欲しくないと思うのである。
 その華奢な体躯からは想像し難いが、彼には周囲をマスコミに囲まれて無遠慮な質問や無数のフラッシュを浴びせられても動じない強靭さがある。仮に精神の体幹というものがあるとすれば、彼のそれは恐ろしく図太いものなのだろう。それは幼いころからの無数の対局のなかで練磨されてきたものなのかも知れない。
 また同時に強靭さとは対極の柔軟さも併せ持っているようにも思える。その茫洋とした表情からは読み取りにくいが、対局で相手の攻めを防御するなかで培った状況判断力は、そのまま記者の質問に対しての当意即妙の受け答えにも現れている。「望外」「僥倖」「醍醐味」といった、近頃では大の大人でさえ慣用しない言葉を平然と使いこなすところにも深い知性を感じる。やたら何でも横文字にして周囲を煙に巻いてしまう某都知事も少しは藤井四段の爪の垢でも煎じずに直接食べてみてはどうだろうかと思っていたら、都議選での大勝利を「望外の結果」と珍しく日本語で、しかも藤井四段と同じ言葉を使って表現していた。このあたりは機を見るに敏。シンボルカラーのグリーンは周囲の環境によって自在に色を変えるカメレオンのそれなのだろう。

 

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