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タイ・ビルマ出張記

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タイ・ビルマ出張記2010 その13 泰式消火訓練とエラワン廟

 また同じホテルへと戻る。 エアアジア対策として余分な荷物は全部フロントへ預けてから空港に向かったのが一昨日の早朝。 しかしそのかいもなく超過料金を取られてしまったのは不覚だった。 荷造りを済ませたバッグをバスルームのヘルスメーターで計量して確認したつもりだったのだが・・・。
 幸い早い時間にも関わらず部屋に通して貰ったので一休みして外出。 最近では自分の庭のようにすら感じ始めているアソーク界隈。 駅に向かう途中、ロビンソンデパートのところに人だかりがあるので近寄ってみると消火訓練をやっていた。 たぶん地元の消防署から消防士が派遣されて来ているのだろうが、地面に置いたトレイに乱暴にガソリンを撒き散らし、いきなり点火して3mぐらいの火柱を上げてデパートの店員たちを盛んにビビらせる。 一瞬自分の防火服ごと火ダルマになったりする仰天パフォーマンスは日本の消火訓練ではちょっとあり得ない光景。

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タイ・ビルマ出張記2010 その12 その後のインターネット事情

 早朝の便でバンコクへ。 いい加減早起きするのにも慣れてきた。
 前回ヤンゴンに来た時には既に空港のターミナルビルは新装されてミャンマーらしくないモダンな建物になっていたのだが、今回はだだっ広いだけだったスペースにインターネットが利用できるラウンジができていた。
 市内のネットカフェをいくつか回ってみたが、いずれもFirefoxのアドオンが設定済みで、そのままプロキシサーバー経由でネットサーフィンできるようになっており、前回のように自分で串を刺したりする必要はなく利便性は向上していた。 政府もこのへんは黙認しているのだろう。 実際規制しようとしても不可能に近い。 ちなみに串を刺さない状態では相変わらず多くのサイトがブロックされてしまう。
 ただ、ツイッターだけはいくら串を通したところで見ることはできなかった。 2007年の反政府デモの際も、現地の様々な抗議行動や政府軍の鎮圧の様子がYouTubeに投稿されて世界中に広がり、2009年のイランでの反政府運動ではツイッターによって抗議行動の場所と時刻を共有した活動家たちが主役となった。 ミャンマー政府もこうした事態を座視してはいられなくなっているのだろう。 とりわけツイッターの動員力は体制側には恐怖である。 ただ、イランにおいては携帯電話やスマートフォンというハードが普及していたから事が大きくなったのだが、ミャンマーにおいて携帯を持っているのは自分で事業やってたりする富裕層に限られるので事情は異なる。 もちろん各家庭へのPCの普及率も低い。
 一方でヤンゴン市内にもいくつかWiFiがあるカフェやレストランがあり、持参していたiPod touchとヘッドセットを使い、Skypeで東京と音声通話ができた。 またFacebookへのアクセスも遮断されなかった。 Facebookもツイッターと同じような機能を有しているが、今のところ軍事政権はノーマークのようである。 このあたりの基準は今ひとつわからない。
 想像したとおり空港のラウンジでは何の問題もなくツイッターにアクセスできた。 基本的に外国人しか利用できないこうした施設や市内の高級ホテルではちゃんと閲覧できるようになっている。 もっともアクセスできたとしてつぶやくことなど特に何にもない。 早々にネットを切り上げて出発ロビーに向かった。 またバンコクに戻るのだ。

ビルマの旅2008-4 情報統制下のインターネット

タイ・ビルマ出張記2010 その11 What’s happiness?


 これまで読んで下さった方はおわかりのように、ミャンマーのこうした村は裕福とは言えないかも知れない。 また、我々の製品を作ってくれている工房においてもしばしば子供たちが働いている姿を見かける。
 こうした状況を「FREE BURMA」な人たちが見ればこのように見えるかも知れない。 すなわちミャンマーの人々は軍政下で搾取され、粗末な家に住み、最低レベルの生活を強いられている。 また子供たちは経済的な理由から学校にも行けず、小さな頃から働かされている、と。
 もちろんそうした状況も一部にはあるのだろう。 ただ、今回僕が見てきた村はまったく違った。 村ではいまだに伝統的な生活が営まれており、それは昔ながらの相互扶助によって支えられている社会である。 村の人たちは、例えばもっと稼いで大きな家を建てようとか、クルマを買おうとか、新しい服を買おうとか、現代的な生活を送る人なら誰もが持つ物質的な欲求をまったくといっていいほど持っていない。
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タイ・ビルマ出張記2010 その10 邂逅

 初めて訪れたその村は見渡すかぎりの水田と小さな集落が点在するだけの牧歌的なところだった。 この村には多くのラタン工房があり、そのうち十数件が我々の製品を作ってくれている。 いずれも質の高い製品を作ることができる特別な工房である。
 とはいえ彼らの本業はあくまで農家。 僕が村を訪ねたこの時期は雨期で田植えシーズンの最終盤にあたり、多くの人々がまだ本業に従事しているため、工房でラタン製品の製作に携わっている人はわずか。 それでも最初に訪ねた工房ではちょうど我々のオーダー分を製作中であった。 僕が村に行ったのは7月27日だが、8月の第一週にはヤンゴン港を出る船に載せなきゃならないのにまだここで作っていて間に合うのか少々不安になったので確認してみると「もちろん大丈夫」という返事。 半分だけ信じておくことにする。

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タイ・ビルマ出張記2010 その9 Bound for Village

 いつも「出張記」というわりに仕事についてはほとんど書くことはないのだが、自分としても今回は興味深い体験をしたのでそのあたりを備忘録として。

 今回はまずヤンゴンにある工場にて自社商品であるラタン製品の最終仕上げの段階を検品したのだが、それらの多はヤンゴンで作られているわけではなく、ヤンゴンからハイウェイをクルマで4時間の村で作られている。 これまではスケジュールが合わず村にはまだ一度も行ったことがなかったのだが、今回は行ってみることにした。 ヤンゴンを早朝発って夕方帰ってくるデイトリップ。 やれやれ、また早起きしなきゃ。

 午前7時半にヤンゴンを出発。 クルマには僕の他にメーカーのスタッフ3名。 30分ほどで市内を抜けたクルマは高速道路に入った。 もちろん日本のようにちゃんと中央分離帯があって複数車線あって一般道よりはマシな舗装がしてあって・・・なんて淡い期待を抱いていたわけではないが、近づいてきたトールゲートは意外に立派で、一瞬「これはイイかも」と思わせたが、次の瞬間その期待は儚くも打ち砕かれた。
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タイ・ビルマ出張記2010 その8 散歩

 早朝というか深夜にバンコクを発って以降、心休まる時がなかったのだが、それでも久しぶりに来たヤンゴンに心穏やかではいられなかった。
 デジカメとハンディカムをバッグに忍ばせてホテルを出る。 裏通りを選んで歩いていくと若者たちが空き地でゴルフに興じていた。 ストリートサッカーならぬストリートゴルフ。 もっとも道でやってるわけじゃないが。
 通りの先にはゴルフショップもあった。 ゴルフショップとはいっても昭和40年代の田舎の乾物屋みたいな店構えだが、ちゃんとクラブが番手ごとに並べられている。 どうやらミャンマーにもいくつかゴルフコースがあって、富裕層や外国人が利用しているようなのだが、一般市民にとっては敷居が高いようだ。

 細い路地の先に大きな木が見える。 鳥の群れが騒々しい。 鳴き声に引き寄せられるように通りから左に折れて入っていくと、路地は線路に突き当たって行き止まりになっていたのだが、そこから線路脇に出ることができそうだったので行ってみるとタイミング良く列車が来た。
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タイ・ビルマ出張記2010 その7 THAMADA Hotel

 本当なら先ずホテルにチェックインして朝飯でも食ってからと思っていたのだが、親切にもヤンゴン国際空港まで迎えに来てくれていた取引先に拉致されてそのまま工場へ。 今回は出荷目前の商品の検品が主な目的だが、仕事の話は割愛。 結局そのまま午後4時過ぎまで働き、7時半にふたたび食事をするまでのわずかな時間は周辺を散歩したり部屋で休息に充てたりした。
 今回宿泊したのはTHAMADA Hotelという中級ホテル。 ヤンゴン中央駅のすぐそばでボージョー・アウンサン・マーケットなどにも近いなかなかのロケーションである。 中級とはいえレートは安ホテル並みなのがこの国のホテル。 理由は供給過剰。 一時期政府が観光立国を目指し、それに伴い多くのホテルが開業したのだが、いかんせんこの国の閉鎖性もあり観光客の方はなかなか増えない。 したがってこのホテルも1泊あたりUS$29と格安ながら朝食付き。 最初はストランド、二度目はトレーダーズ・ホテル、そして今回のタマダ・ホテルと徐々にダウングレードしている僕の出張。 どうせならアップグレードしたいところだが、最初に行ったところが最高のホテルだっただけにあとは下がる一方だ。
 ちなみに、現在日本人など外国人がミャンマーを訪れる際はビザが必要だが、ついこのあいだアライバル・ビザの取得が可能になった。 つまり日本のミャンマー大使館等であらかじめビザを取得しておく必要はなくなり、残存有効期間6ヶ月以上のパスポートとビザ用の写真(4×6cm)2枚、観光ビザならUS$30、商用ビザならUSD$40の現金さえ用意していけば空港でビザを発給してくれる。

客室から見えるヤンゴン中央駅  帝冠様式の特徴的な外観

 周辺を2時間ほど散歩して部屋に戻った時にはクズ札を数枚掴まされていた。 これまでもインドネシアなどのインフレ国でクズ札と出会ってきた僕だがこれは最強の部類に属する。 シャーレに入れて培養しておいたらそのうち未知の生命体か何かが飛び出してきそうな気がする。

 気のせいか表面もややヌルっとしてたし・・・。

タイ・ビルマ出張記2010 その6 エアアジア容赦ねえw

 バンコクを午前7時15分に発ってラングーン(ヤンゴン)に8時(現地時間)に着くエアアジアFD3770便は以前にも一度利用したことがある。 前回は前日の深夜にバンコク着だったこともあってそのまま空港のベンチで仮眠をとり、正味2時間ぐらいしか眠れなかったがそのまま早朝のカウンターに並んだ時にはまだ人もまばらだった。
 今回は朝4時に起き、ホテルをチェックアウトしてタクシーでスワンナブーム国際空港に向かった。 空港に着いたのは午前5時10分頃。 出発の2時間前である。 今回は100バーツの追加料金を払い、あらかじめ予約時に座席まで指定しておいたのでチェックインが遅くなっても関係ないのだが、エアアジアのチェックインカウンターは早朝5時過ぎというのにごった返していた。
 前回は出発便ごとに設定されていたチェックインカウンターだが、今回は出発が間もない数便を除きすべて「International Check-in」と十把一絡げにされていた。 とはいえこれもよくあること。 いくつかあるカウンターのうちのひとつを選び、長蛇の列の最後尾に加わった。 なにせまだ出発の2時間前。 この時は何の問題もないと思っていた。
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タイ・ビルマ出張記2010 その5 オフる

 バンコクでオフ会をやった。 とある合弁会社の社長さんで、数年前から僕のブログを読んで下さっているのだという。 と言ってもこのブログではなく別館のほう。 今回僕がバンコクに来るのを知り、一杯やろうと誘って下さったのだった。 たぶんブログなんぞやってなかったら一生お会いすることはなかっただろうし、何だか不思議である。
 で、メールと携帯で連絡をとって無事会うことができ、日本人が経営する居酒屋に連れていっていただいた。 その居酒屋は店員さんがタイ人ということ以外何ら日本のそれと変わらず、タイに来たばかりだというのにもう帰国したような気分にさせられた。 タイに来た翌日にポン飯食べるのは初めてかも知れない。
 とりあえずお互いややぎこちなく名刺交換などしてみたのだが、まったくかすりもしないぐらいの畑違いの業界。 僕が会社の事を尋ねると、社長殿はブラックベリーをかざして自社のPRビデオを見せてくれた。 印象を横文字で並べると、ハイテク、マニファクチュアー、レスポンシビリティ、グローバル・・・。 うーん、ローテクとクラフツマンシップに立脚している自分の仕事とはとことん対極。 それにしても居酒屋のカウンターに収まるタイ人店員の法被姿、似合わないなあw
 飲み始めたのが9時頃からと遅かったこともあり、楽しい一夜はすぐに更けてあっという間にお開きとなり、再会を約して帰路に。 少々飲み過ぎたこともあってホテルの前のコンビニでアイソトニック飲料でも買って飲んでおこうとパケ買いしたのがこれ。

 このボトルで中身はビックルってありえんだろw

タイ・ビルマ出張記2010 その4 徐富弘診療所

 前のエントリーにも登場する店のオーナー・チコちゃんから教えてもらった台湾式足つぼマッサージの店に何年か振りで行ってみた。
 前回は3~4年前ぐらいだったが、けっこうガラガラだったような気がする徐富弘診療所。 その後歩バンにも毎年掲載されるようになったこともあり、日本人客も増えている模様。 とはいえ、日本語はおろか英語もあんまり通じないのは相変わらずみたいで、今回も一応行く前に予約の電話を入れてはみたものの、会話はまったく要領を得なかった。 ただ電話にでた相手の女性が「ダーイ、ダーイ(タイ語でOKの意)」と連呼しているので大丈夫だろうと踏んで出掛けた。 場所はBTSのトンローから徒歩5分。 ビエンチャン・キッチンの角を入ったところである。
 診療所の中は満席で、ちょうどBMWで乗りつけた男性二人組は予約を入れていなかったのか断られて去って行った。 ほどなく施術が始まった。 担当は小柄ながらがっしりとした体躯の男性。 脳裏を嫌な予感がかすめる。
 施術開始。 さっそく指と木の棒でもって足の裏をグイグイ押し込んでくる。 起承転結もなにもない、のっけからレッドゾーン、クライマックスに突入した感じである。 ただ、前回が1時間ほぼ絶叫しっ放しだったのに比べると、今回は最後まで絶叫を封印することができた。 最後は背中を水牛の角で思いっ切りシゴかれて全体が真っ赤になり、その状況が一週間ぐらい続くのだが、今回はその症状も軽かった。 ツボ押しの強度が下がったのか、自分の健康状態が意外に良好だったのかは定かではないが、良く言うとイタ気持ちイイ、悪く言うと歯応えのない今回の徐富弘診療所であった。
 
 
徐富弘診療所 Silajan Rwo-Shr Health
http://www.silajan.com/
住所:40 Soi Napasap Yaek 1, Sukhmvit 36 Rd.
営業時間:8:00~20:00
TEL:0-2258-6064
足つぼマッサージ 300Baht(60分)

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